割といい年齢でとっくに恋愛適齢期は過ぎている僕も、これまで(とりあえずの)交際経験が無いことも無い。3回くらいは彼女が出来たことはある。
(全て社会人になってしばらくしてからであり、学生時代は枯れ葉の裏にいる虫のような生活をしていた。卒業アルバムを見たら写真が集合写真しか残っていなかった。)
残り4回は告白前に断られている。食事に何度か誘ったら来てくれたので告白したら「すいません、本当にお会いした時から興味が無くて・・・!」と本気で申し訳なさそうに言われたり、逆に相手からグイグイ来てたけど凄く勢いが怖くて拒否してたら相手からある時「あなたの為に前の彼氏と別れてきたんだけど、どうしてくれるの?」とガチで面前で詰められたりした事がある。
ただ、お付き合いしてから変な事をしてないのに急に引かれる(相手から連絡が無くなる。突然ブロックされる。)というケースが殆どなので、未だに「なんで?」という思いがあった。
友人に相談すると「押しが足りない」「強引さも時には必要」という回答があり、ある人に聞くと「ちょっと頼りない雰囲気がある」「いざという時に踏ん張ってくれなさそう」という事だった。
そう言われましても。
押しが足りない、強引さが必要については、思い当たるフシがある。コロナ禍の時に相手から会社の規定で外出を禁止されたという事だった。なら、しばらくは外出は控えようという話をしたら翌週に振られた。あの時に「いや、いけるっしょ!」みたいなノリで行ければよかったのだろうか。
頼りない雰囲気に関しては上記の事もあるし、基本的に僕は大きな権力に弱いので、もしかしたらそういう気質を知らず知らずの内に見せてしまっていたのかもしれない。
そして存在感のなさには定評がある。
昔から普通に歩いていても驚かれて「びっくりさせ無いでよ!」と言われたり、会社の忘年会でホテルの宴会場の帰りに普通に他の人と歩いていたらいきなり「ああ、大丈夫だからいいよ」と言われ、何のことだろうと思ってそのまま歩いてたら「え、もしかして同じ会社!?新人のホテルマンだと思ってた!」と驚かれたりした。
そう言われましても。
同じフロアで顔合わせてましたやん・・・
まあ色々言ったけど、恋愛関連には理不尽な感じは拭えない。
そもそもコロナ禍で外出してしまえば、相手の彼女は会社から糾弾されるというリスクを背負うわけで、果たして楽しめるのかという考えもある。
頼りない雰囲気は会話の節々に見えてしまっているのかもしれない。相手を優先しすぎて自分の会話を蔑ろにしたり、店を選ぶにしても相手の要望を聞きすぎていたのかもしれない。でも、相手の好みでない店で望まないサービスを受ければマイナス評価にもなりうる。
存在感に関してはしょうがなくね?そういう星に生まれたんだ俺は。
(一時期、存在感の為に(本気で)わざと足音を大きくしたりしていた。そして意味はなかった。)
ただ、個人的にはそういったことは些末な話であり、違う何かがあるのではないかという念を払えない。
顔が良いか、身長が高いかといったルッキズムに通ずる箇所や、頭が良いか、学歴があるかという部分は相手に大きな印象を与えるのではないか。
(学歴に関しては、個人の力ではなく親世代からのバックグラウンドが深い影響を与えるという面もあるようだし、その人だけの力では及ばない部分もあるのだろうと思う。)
つまり、個人の力ではそうそう直せない部分に本質的なモテはあるように感じる。
まだ若い頃には本気で悩んで無料のモテ講座みたいなのに体験参加した事がある。
そこでは如何にもな人がナンパ術を使ってモテまくっているという話をし、モテは技術みたいな事を熱弁された上に講習の終了後に軽いヤリラフィーな服装を「これ着たらめっちゃモテるから!」と買わされた事もある。その服は今手元にない。冷静に考えると似合わなかったのだ。
その時につくづく思ったのは、虫は獣になれないという事である。性格から出てくる見た目は変えることは難しい。全ての行動や様相には過去から続く経験に裏打ちされた理由がある。それを変えてもすぐに所作や言葉の節々からバレてしまうだろう。子どもの内に作り上げた性質(初期資本)の種類は簡単に増やすことは出来ない。しかも性質は生まれた環境に大きく左右されうる。
結局、ヤリラフィーの文脈でモテようとしても、ヤリラフィーに根っこの部分からならなければ上手く行かない。それは僕が今持っている資本では生み出すことはかなり難しい。そもそも会話が苦手なのに、ある日突然ポンポンとヤリラフィーが対象としている娘にモテる会話が出るなんて身につくはずもない。魔術師として生きてきたのに「物理じゃないと勝てないよ」は無理ゲーだろうと。
なので、結局成人して恋愛しなければならない年齢になったら現状持ってる資本を投資し、増やして戦うしか無い。魔術師は魔術師で頑張らないとならない。
そこでは自分の資本で戦える相手へとアタック(死語)するのが定石、というかそうするしか他のライバルに勝てるすべがない。新しく性質を増やす事も出来るかもしれないが、元々素質がある人に比べて多大なコストを払う必要がある。身についても実用レベルになるか分からないスキルにポイントを振るのは果たして意味があるのか。
そこには偶然性に任せなければならない、とてつもなく大きな空間がある。
そんな感じで、つまり恋愛は偶然形成した初期資本が社会(この場合は恋愛市場において)で広く価値を持っているかどうかという運ゲーである。そこに努力が介在する要素が非常に少ない。
相手がそうやって組み上がった趣向の範疇にあれば好意を抱くし、そうじゃなきゃ好意を抱きづらい、という感じ。つまり変わった性質を持ってる人はマッチングする確率は限りなく低くなる。
変わっていてもそれを打ち消すほどの性質があればいいが、そういった価値のあるものも環境に左右される(特定の状況での頭の良さとか、他の人と違う社会的に価値のある経験)
見慣れたものほど好意を抱きやすいというのは他にも影響する。
モテファッションとはメッセージを発しない見慣れた服を着て、服自体のマイナス評価を消すファッションであると言われ始めている。それは見慣れた服であるがゆえに解釈のストレスが無いことに繋がるのだろう。よく言われる「相手のファッション系統に合わせる」がその結果である。
そしてその考えを進めていくと、ファッションでのモテの上限は本人のポテンシャルにより上限があることを意味する。いくら頑張っても自分が持っている初期値から上がることは難しい。「メガネを外したら美人と気が付かれた」はありうるが、「メガネを外したら美人になった」は無いのでは、という事である。
外見も内面も、初期値である程度が決まっている。
僕の視点からは、悲しいことに本人自身の生まれながら規定された”自力”が試されているという、私のような恋愛市場弱者に対して辛い現実が姿を現し始めている。
こう思う度に考える事がある。
