2026年4月21日火曜日

相変わらずミシンと読書の日々

 タイトル通り、ミシンでパンツを裾上げしたり、パンツを作ろうと生地を切ったりしている。

飽きたら哲学の本を読んで、あれこれ考えて、古着屋とか古本屋、雑貨屋に行って癒されてくるという休暇。

パンツはディッキーズ874をサンプリングして生成りのヘリンボーン生地で作成中。意外とパーツの組み合わせが多いというか慣れていないせいで少しずつしか進んでいないけど、やってる間は集中出来るのでなかなか楽しい。

いつか穿いて外を出歩いてみたいところ。

あと、生地を買いに行く際に西日暮里の繊維街に行ったらほとんど女性だったけど、若い人もちらほら。パンクなカッコとかゴスなカッコした若い人も見かけた。

ファッション界隈だとここが一番熱いのかもしれない。


哲学は今一度哲学史を学びつつ昨今の流れを知る。実存主義が再評価され、新実存主義としてマルクス・ガブリエル辺りが先導して広めているらしい。

ウィトゲンシュタイン、デリダとかレヴィナスあたりを読んでたけど、一旦カントを経由すべきか・・・。哲学書は一度読んでも理解出来ないから何度も読んで都度調べながらだから倍かかるんだよな。まあ、それが楽しいけど。

なにより現在の社会の流れが何となく理解できるような気になるところが面白い。


また、もう一つのテーマとして「所有」とは何かを考えている。

物を手に入れたら所有か。モノをケアしたら所有か。もしくは所有にも段階があるのではないか。

所有によりモノに対する意識がかわると思うので、ちょっと気になるジャンル。

2026年4月13日月曜日

ミシンでトートバッグをサンプリング

いずれ服を作れるようになりたいと思いつつ、相変わらず服をお直ししたり、小物を作っていた。
まだまだミシンに慣れていないけど、せっかくだし何かオリジナルで作ってみたくてアイデアを考えていたところ、バレンシアガが以前IKEAのショッピングバッグをレザーで作っていたのを思い出し、自分は帆布で作ってみることにした。

元ネタのおかげでそこまできっちり作らなくても良いし、大容量のトートは持っていないので実用的でもあるだろうというのもあり、早速手元にあったIKEAトートから寸法をメモ。
本来なら型紙を作る方がいいとは思うけど、練習だし大雑把でいいかと気楽にやることにした。
ちなみにバレンシアガは一番大きいサイズの形をサンプリングしてたけど僕には幅が大きすぎるので、ワンサイズ小さいやつに。


完成品(左)と元ネタのIKEAショッピングバッグ(右)

大体2日くらいかけて完成。
改めて比べてみると、帆布にしただけでも意外といい雰囲気になり、またガサガサしないので使いやすさが上がった。
丸めると500mlペットボトルくらいになるので、一応持ち歩けるサイズ感。

ハンドル付けも雑な感じを再現

縫い合わせはだいぶ大雑把な感じ

ハンドルの付け根は一応トリプルステッチにした。
また、ロックミシンは無いのでジグザグ縫いで縁を加工した。
すぐにはほつれない・・・と思う。
青くする染料も買っておいたけど、使いやすさを優先してひとまずこのまま。

ミシンをやってる間は結構集中出来るし、服をケアするのも自分の持ち物になってる気がして気分が良い。
今後も思いついたら何か作ってみようかな。

2026年4月7日火曜日

ソーイングを趣味で始めた

裁縫ミシンをつい最近始めた。
以前から簡単なボタン付けとか穴塞ぎはしていたが、服の構造とかを知るためと没頭できる趣味を探していたところにミシンで服作りの動画が流れてきて、グッときてしまった。
極めつけは十分な機能のミシンが新古品として30%くらいオフで売られていて、そのまま購入して今に至る。

早速仕事用のパンツを2本丈詰めしたり、無駄にタオルを縫ったりしていたところ、
動画で「ミシンもいいけどまずは手縫いを学ぶと良いよ」的な話が出てきた。

手元にある手縫いの入門書からキャラメルボーチなるものを見つけたので早速作る。

                                        ↑本にあった完成例

確かに包まれたキャラメルみたいな面白い形。

早速、端切れ生地を買ってきて切り出す。
いきなり上下幅の長さを間違えるも、何とか素材が切り出せた。
生地を折ったり縫ったりジッパーをつけたりでなんだかんだ5~6時間かかった。
そして完成したのがこちら。





あれ、なんか痩せた?

キャラメルというか、丸鶏みたいな形状になった。
選んだ生地が薄手すぎたらしく、すごいフレキシブルに形が変わるへにゃっとした仕上がりになったようだった。
縫い目もだいぶ荒く、隠れてる部分は特に雑な仕上がり。
とはいえ、完成させたのはだいぶ達成感があり、今は裁縫小物入れとして活用している。

終わった後に服の動画やインスタを見てると、「どういう風に縫われてるんだろう」と浮かぶようになった。関連した趣味を持つと、その間の世界が広がるなぁと実感する。
次は何を縫おうか考えているけど、好きな軍モノの生地を使った小物を作ってみたい。
いずれは服が縫えるようになればより楽しさが増えそう。

2026年4月2日木曜日

ビンテージの自分の中の意義

未だにレアなビンテージだからとか珍しいからで服を買う事に抵抗がある。
着続ける前提で買うから別にリセールの事は考えたくないし、そのものが好みのど真ん中だったり、自分の生活リズムに合うかというとなかなこ微妙な事が多い。
あくまで服は着るものにしたいという考えがあるので、コレクションしたいという感覚にならない。

先日、某ショップでバブアーのレアモデルが売っていて、ものとしてはカッコいいんだけど多機能すぎて色々使わなそうなディテールもあり、迷った結果、買わずに出た。

帰りにレアでお買い得価格なものは買うべきだったかと考え込んでしまった。
バブアーの歴史を手元に置いておきたい人にとっては欲しくなるだろうし、まだの人には沼の入り口になるのかも。

毎回、レアで一応着れるサイズだと迷うから服に対する軸が出来てないんだなと反省しきり。

ファッションインフルエンサーの炎上ってつまるところ・・・

 

某有名ファッションインフルエンサーさん達が叩かれてるのと、100ワニ炎上には共通点があるんじゃないかと思う。

◆インフルエンサー:初めは初心者向けに既存の安価なファッションアイテムコーデを定義。後半で文脈を変えて自身のファッションブランド優位な理論へ変更誘導する形と捉えかねない発信となる。そこで今までの講座も何も自身のファッションブランド販売の為のツールであったと認識されて批判が増える。

◆100ワニ:コメディから始めたが徐々にヒューマン・ドラマに物語りが変わり、感動の最後と共に関連グッズ等が発表されて、これまでの作品の意味が多数の読者認識上で販促漫画に変質してしまった。






◆健康食品のCM:長年農家をやっているYさん、平凡だが奥さんと何とかやってこれた最中、突然仕事中に倒れる。病院のICUで一命を取り留めるも、健康不安は続く・・・そんな時にこの青汁!


横に寝っ転がってせんべいかじってたのに話の急展開で思わず座り直して注視した結果がこれだよ!

趣味の最終到達点ってどこ?

 趣味で何かが好きな人って、どういうメンタリティで続けてるのか気になる今日このごろ。

もちろん何となく楽しいっていうのもあるかもだけど、楽しいと言うよりは義務のようにしないと続かない場面も多いと思う。

イラスト書いてると、ラフから下書きまでは楽しいけど、ペン入れと彩色、効果を入れる段階になると

「うう・・ちゅらい・・・ちゅらい・・・」

ってなる事が多い。僕は特に。

要するにどういう所を最終到達点にしてるのかなと考えてたりしてて、どう納得するかどうかだと思う。それは利便性だったり、歴史へのリスペクトだったり・・・。

例えばどういう服を着るかって事を考えてると、自分の生活にフィットしたファッションが一つの到達点になると思ってて、その意味で休日の公園にいるパパさんが上下スウェットなのはワークファッションの到達点の一つとも言えるのではないか。

(その考えの上で、金子恵治さんが出してたフルーツオブザルームのスウェットセットアップはワンマイルウェア、休日のリラックススタイルとしての一つの完成形だ!と思って買おうとしたら速攻売り切れた。やっぱ影響力あるなぁと改めて思いつつ、レギュラーの方を買うか検討中。もう夏になるけど。)

そんなわけで、軍服も含めた作業着は特定の目的を果たすために機能性を最大限考慮して作られていると考えると、その人それぞれの生活に密着した服装が存在するなら値段とか関係なく「あがり」の服だと思う。


「あがり」にも色々な軸がありそうで、日時がわかってソーラー充電も可能な時計で十分なら実用的な面から「あがり」になるし、フィットネスをするから心拍数やVO2max、走行距離がわかるものが必要と思えばスマートウォッチが「あがり」になる。

見た目でも、カルティエのタンクみたいにブランドの歴史を感じられて、一時代を作った製品に対して深い思いがあるならそれも一つ「あがり」になりうるし、デザインが似ててクォーツの方が使いやすいならそれも「あがり」になる。「うんうん、それもまたアイカツだね!」みたいな感じだけど。

当然なことだけど、人それぞれに終止符を打てるアイテムは大きく違うと思う。それは色々見た先にようやく見えるかもしれないし、ここで終わりかと思ったら新しい道が見えたりではっきりとそのモノの「あがり」と感じられるのは相当先になるか、もしくは他の要因で情熱を向ける方向が変わった時か。


生活に寄り添う「あがり」の服に話を戻すと、有名なファッションバイヤー・デザイナーの金子恵治さんがなんかの投稿でハンティングジャケットの後ろのゲームポケットを「手ぶらで出かけた時、ふと衝動買いをした際のバッグ代わりに使える便利さ」みたいな事を言ってて、「ゲームポケットって実用的に使えるんだ・・・」というところからだった。

古着で昔は獲物を入れてたポケットを、ただの飾りじゃなく現代的な用途で使用することで服の持っている性能を発揮しているのは時代を超えたロマンがあるなぁと思う。


 最後に、結局は自分なりの『あがり』を見つけることが、辛い作業を乗り越えたり、自分なりの楽しみ方を肯定したりするコツなのかもしれない。


2026年3月31日火曜日

ゲームと「私たちはどう学んでいるのか」


最近読んだ本を踏まえてメモ。
今回は試しにスマホからポータブルキーボードで書いてみる。
これが出来るようになれば外出中にも日記が更新できるので忘れることが無くなりそうで便利。
何気にアウトプットが気軽に出来ると精神衛生上良い。



なにかを始めると最初は一気に上達する。そこから徐々に成長速度が遅くなって、ある程度まで上達すると平行線にも思えるような状態になる。
それでも続けていくとスランプを経験する。続けているのに下手になるという状況である。
それを乗り越えるとまた少し上達する。これを繰り返していくサイクルが一般的である。

この時、僕らには何が起こっているのか。

まず、何かを始める時は基本的なルールを覚える必要がある。
この時に気をつけるのは、実際に行いつつ覚えていくことである。
人の記憶は場面場面で思い出されるため、情報だけを詰め込んでもどの場面に適用するのかを判断することが難しい。

格闘ゲームに例えると、キャラの操作方法をただ説明されても視覚情報が伴わない為、この操作をするとキャラがどうなるのかという情報が結びつかず、学習効率が悪くなる。

続いて操作から応用して実用的な行動を覚えていく。行動の難易度を上げていく事で、ステップごとの情報の密度が上がっていく。
視覚触覚聴覚といった情報から場面を認識し、対応方法を結びつけていく。

そんな感じで人は上達していくが、実は直線的に成長しているわけではなく、成長が遅くなり、まだ早くなりを繰り返してうねるような線を描いている。
人は学習する中で成長を目指している時、より効率の良い方法を意識無意識問わず試行錯誤している。
新しい方法を取り入れると、一時的に慣れるまで遅くなる。そしてその手法に慣れるとまた成長が早くなる。
これを繰り返していくが、ある程度まで成長するとスランプになる。
この時に抜け出す方法は「思い込み」の前提条件を抜け出し、ズレた方法を何度も試行することである。これは「ひらめき」とも考えられる。

ひらめきは一見効率が悪いように思える方法から生まれる事が多い。
あえて負け筋に思えるような方法を取ったりすると、その中にある正解へのピースが集まってくる。人は意外と無意識にもこういった情報を集めている。

そうすることで、徐々にピースが集まってくるとその中から成長のヒントが見つかり、ポンとステップを上がるようにスランプを抜け出す。

なので、成長曲線を遠目で見ると対数曲線で見え、少し拡大するとうねる線になり、更に拡大すると階段状になっている。

ただ、注意すべきなのは「全く関係ない」ものだと応用が利かない場合が多いという点だ。
格ゲーでスランプになったので脳トレゲームをやっても応用できる情報が少なく、無意味に終わる可能性が高い。

ひらめきにおいては目的とするものと遠すぎる経験情報ではなく、その間にあるような情報を得ることが有用であるとのことだった。

そんなわけで、当たり前かもしれないけど上達に裏技は無く、実直にやっていくことが必要なんだろうなと思う。

また、本書の中で学校教育に関する事が書かれていた。
様々な試験の裏技的な方法が流行り、本来の目的である学習することがおざなりになっているという点である。
資格試験なんかでも「よく出るところはここ!この単元は捨てて良し!」みたいな事はよく出てくるが、有資格者として動けるよう総合的な知識を習得するという本質をおざなりにし、資格取得だけの為に勉強することは本末転倒になっているのではとは思う。
とはいえ、自分もそんなハックで合格してきてるのでなんとも言えないところ・・・。

相変わらずミシンと読書の日々

 タイトル通り、ミシンでパンツを裾上げしたり、パンツを作ろうと生地を切ったりしている。 飽きたら哲学の本を読んで、あれこれ考えて、古着屋とか古本屋、雑貨屋に行って癒されてくるという休暇。 パンツはディッキーズ874をサンプリングして生成りのヘリンボーン生地で作成中。意外とパーツの...