2026年6月29日月曜日

自宅で簡単バイクセラピー

 最近は天候が悪くない限りはクロスカブで移動している。

自動遠心クラッチの癖がまだ掴みきれておらず、調整してなおスムーズにシフトアップ出来ない場面も多いが、軽いので楽に扱えるのが良い。

また、バイクに載っている際は思考が運転に向くため、車よりも無駄な考えが浮かばないのも凄く自分に合ってるなーという感じ。普段は暇だと情報を集める方向に向かってしまい、結果脳も目も疲れてしまう。

車に乗ってると運転に慣れてるせいか(これも気をつけないと良くないんだけど・・・)、何となく退屈で余計な考えが浮かんでしまってあまり乗らなくなっていた。

今のところは資格勉強→バイク→資格勉強みたいなループも出来るので今後も乗っていこうと思うが、暑さとゲリラ豪雨があるのでちょっと夏が怖い。今年は少ないといいなぁ・・・。

(昔、豪雨の中で自転車に乗って通学していたら目の前の電柱に落雷して以来、結構苦手になった。)


そんな感じでカブセラピーライフを楽しんでいたが、乗って1ヶ月早々でもっとデカい排気量に乗りたいという気持ちが湧いてきた。

とりあえずAIに相談してみると、CHATGPTとGeminiでいつ取るかについては微妙に意見が分かれるので悩んだが、秋から冬にかけては資格試験があったり色々計画してる事があるので時間が取れるのは今しかないかもと思い立ち、普通二輪の教習を申し込む。

そして早速教習を数回受けたが、マジでめちゃくちゃ転ぶ。

最初は「単に車体がデカくなっただけでしょ!」ぐらいに思っていたが、シフト操作とアクセル、ブレーキングとハンドリングと意外とやることが多く、車体の重量も全然違うのでカーブ時にどのくらい傾けてよいのかの感覚が掴めない。

特に八の字とクランクで転びまくっていて



えーと半クラしつつアクセル回してあーやばい回しすぎてスピード出ちゃったからブレーキを踏んであかんエンストしそうクラッチ握らなきゃ遅くなりすぎて倒れそうアクセル回してうわ回しすぎてブンブン言うてるスピード出過ぎたヤバいブレーキで抑えて落としすぎたアカンわクラッチ握ってアクセrmzxg↓lb



ア・・・アア・・・ワ・・・ワァ・・・(転倒)



こんな調子で毎回ちいかわになっている。

あと、教習車が200kg近い重量があるので立ち上げるのがめちゃくちゃ疲れる。

「ンハイィーーー!!!」みたいな掛け声をあげたいくらいには全力で持ち上げている。そして毎回筋肉痛になっているのでどんだけ筋肉が無かったんだと。

そんな訳で、YOUTUBEの動画を見て何とか壁を突破して高速道路で旅に出たいなーと思う日々。

2026年6月22日月曜日

ゼノギアスの四柱神のデザインについて考えてみる。

 大好きなゲームに「ゼノギアス」がある。今でも様々な配信者がプレイしている名作ゲームだ。

当時小学生だった頃に友人から借りてプレイしていたらハマってしまい、そのまま購入に至った。その際に念のためにと攻略本も買っていた。

パラパラとめくった時に丁度目に入ったのがラスボス前の「四柱神」である。

おおよそ生物然としておらず、ロボットにも見えない。概念のような形状をした敵に僕は心奪われ、なんとかこいつらと戦いたいという気持ちで進めていた。

その後はそれなりにやり込んだりして楽に倒せるようになり、資料集を買って深く内容を知っていくうちに

「コイツラのデザイン源は何なんだ」という疑問にぶち当たったままである。

資料集にも設定画が1枚ずつ載っているのみで、しかも一部は再現されていない。開発後半だったのだろうか、微妙にデザインの変更がなされている。でもおおよそのデザインは踏襲されているところを見るに、何か明確なデザインの参照元があったのだろうと考えている。

とはいえ宗教についても神についても詳しくないのでwikipediaとかそのへんの情報を活用しながら、自分の想像とかをいれながら書いていく。


そもそもそれぞれが運用システムの概念を具現化した存在であり、意思はデウスの支配下にあるらしい。


・メタトロン

一番強い。(ワイルドスマイルをぶち当てると途端に弱くなるが、そもそも反則技ですし・・・)

ユダヤ教神話においての最高位で、神の側近と言われるほどの位置にいるらしい。だから形状がデウスに似て有機的かつメカっぽい雰囲気なんだろうか。最も神に近い=デウスに近い。

また、名前は”玉座に侍る者”という語源からきているようで、そう言われてみれば中央付近は椅子に座るようなモチーフになっている気がする。

また、36対の翼と無数の目を持つという特徴があるようだが、いちおう球体が3つプカプカ浮いているからこれが目という認識?あと本体の外側の形状も複翼と言えば複翼に見えるかな・・・。

固有技の「地よりわきたつもの」はフィールドの足元から兵法三十六計の文字が湧き出てくるというビジュアル。

それぞれ「釜底抽薪:煮え立つ鍋の底から薪(まき)を抜き取って、根本から沸騰を鎮める」

「借屍還魂:亡国の復興などすでに「死んでいるもの」を持ち出して大義名分にする」

調虎離山: 虎をおびき出して、山から引き離す。」

なんでユダヤ教の神なのに中国の兵法?戦闘の判断を部分的に担当している軍師的な立ち位置のシステムだからか。

しかも炎の神として天上から炎の柱を下ろしたエピソードが残ってるのにあえての地上から沸き立たせている。わからない・・・。

とはいえデウス戦では全体火力として厄介になるので、防衛システムの攻撃的な部分を概念化したんだろうか。


・サンダルフォン

回復するだけで強くない。毎回こいつで燃料チャージして他に備えてた。

原典ではメタトロンの双子の兄弟であるらしい。天国の音楽を支配し、人々が祈りの中で音楽を用いて神とコミュニケーションを取ることを助けるとのこと。

そこからメタトロンが攻性であるならサンダルフォンは守性のボスになったのか。

どうもサンダルフォンが車輪を持つ天使(生まれが人間で、馬車でもって天に登ったところから)らしいので、デザインソースは車輪転じてギア?

固有技「ヒーリング」はサンダルフォンの対であり、支援するという性質上で設定されたのかもしれない。


・ハールート

こいつが一番謎。一番生き物から離れてる概念みたいな存在。

上の方にコアっぽいトゲトゲが浮いてて、下にはグルグルと立体的なブラックホールみたいな土台に光の粒が正弦波の軌道で上昇している。

原典では天使だったが地上で酒を飲んで人を殺したのでマールートと共に天に戻れなくなっちゃったらしい。

こっちもマールートとペアになっている。

ゾロアスター教では「ハルワタート」という名で「完全」を意味する善神。

人間に魔法を教えるのを助けたという事で、補助魔法的な「天からふりそそぐもの」という攻撃をしてくる。こちらはステータス異常攻撃。

規則正しい季節と水を司るということで常に全体で何かが流れるようなフォルムをしているんだろうか。


・マールート

最初はユグドラのマークかと思った。大抵かませ+チュチュにぶつけて倒す。

ハールートとペアで出てきて、同じように地上から戻れなくなったらしい。

こいつもゾロアスター教では「アムルタート」と呼ばれ、「不滅」を意味する植物の守護神らしい。

植物というところから地を這う所や、紋章のようなデザイン(アールデコみたいに植物は比較的平面デザインに採用されやすい)になったのだろうか。

植物がデザインソースであれば、固有技が「フュエルドレイン」なのも何となく分かる気がする。栄養を吸い取るみたいな。


以上。これもうわかんねぇな(絶望)

とりあえず

・メタトロン:攻撃担当 一番デウスに近い→デザインが似ている。炎の神なので火力が高い。技が兵法からの引用なので、攻撃性が高いデザイン。

・サンダルフォン:防衛担当 メタトロンの補佐として回復する。車輪デザインが伝承からの名残がある。

・ハールート:妨害担当 流れるようなデザインは水と、電子殻から電子が飛び出してる様子から?コアが上部で浮いてるのが原子核。

・マールート:吸収担当 サソリかと思ったら植物。やっかいになった「つちのこ」

こんな程度しか考えが及ばない。それぞれがデウスの攻撃、回復、撹乱、維持という役割を持っていて、それらがデウスを支えている。

生き物として考えると、メタトロンが脳(デウス)に近い神経系で、サンダルフォンが規則を象徴するようなギアのデザインにヒーリングという回復機能から体内の恒常性を維持する機構(ホメオスタシス)、ハールートが流れるデザイン(リンパや血液的な?)と技の性質(妨害)的に免疫系、マールートが栄養吸収みたいな形で人間ふくめ生物の構造を意識したのではないか。

あと、この組み合わせを見てると元々はそれぞれペアごとの戦闘想定だったのではとも思ってしまう。ラスボス戦前なのに妙にあっさり倒せるし。

真相やいかに。

2026年6月11日木曜日

お掃除ロボットに「感情」はあるのか!?

「あるのか!?」と言われても「そこに無ければ無いですね」で終わりそうな話だけど、ちょっとだけ考えてみる。



感情とは内外問わずある刺激により引き起こされる脳内物質の変化である。
ただ、それだけでは他者から感情とは判断されない。なんなら自身も気付かない可能性がある。
それは外的に判別可能な形になると「感情」と判断される。

ルンバは掃除を行うのは外部からの命令(刺激)によるものである。が、なんらかのエラーにより起動しない可能性もある。
清掃中も障害物やゴミストッカーが満杯になっていたり、部品の故障などで停止することもある。
それらはランプの点灯やアプリに表示されるエラー通知により判明する。つまり外的に判別可能という状態になるということである。
これをロボットの「感情」と考えることは出来ないだろうか。

そもそも感情を単純化すると本能であるとも考えられる。
それは長期的に見れば種の中の一部の脳内の反応が突然変異で変化し、その突然変異種が自然環境下で生き残った結果、徐々に調整されているものであり、そのプロセスから生み出される意識は「こういう事が起こると生命や種の危険が発生するから対抗しろ!」とかそんな感じのプログラムである。
つまりはその「プログラム」が修正されてきた歴が浅い深いがあるにせよ、刺激の結果で脳内物質が出るのか回路に電気が流れるのかの違いであり、根本的な部分では共通している。
そして外的に判断できるよう表現された時に人はそれを「感情」と呼ぶようになる。

例えば、人間以外の動物も他者視点から感情を持っていると思われるような動きをすることがある。もちろん、それは生存に必要な本能であるが、それが人間の複雑な感情と同一視されることはある。
それは本人(動物)の実際の脳内の状況とは反する意図だったとしても「ある特定の感情」として読み取られるのである。
ここから、一般的に言われている「感情」とは本人とは違う場所で生成されうるものであると考えられる。

つまり、「感情」とは生理的反応を表現し、それを他者が汲み取った為に発生するものであり、その視点で行くとお掃除ロボットなどの無機物でもエラー表示や移動方向の変更なども「感情」と呼ばれうるのであると言えるのである。

「でもさー、生物の感情は自発的に作られていったもので、機械の「感情」は他者からプログラムされたものなんだから明らかに違う質のものじゃない?」
という意見もあるし、実際クオリアとか持ち出したらそうなるし。

あえて反論するなら、人間は自然環境により淘汰的にプログラムされたものであり、機械は人間により淘汰的にプログラムされたものであるという「根本の創造主が違うだけで同じプロレスを辿っている」のではないかという点である。
(もっと言うと人間は自然から作られたという前提なら、その生成物も自然物であるとも言える。)

人間に限らず生物はオートポイエーシス的に自らのコピーを作り出し、そのコピーにも自らを作り出せるようプログラムされている。このサイクルがあるおかげで種単体で自律的にプログラムを修正していけるという能力を得た。
機械は非オートポイエーシス的であるがゆえに生成は他者(人間)に頼らざるを得ない。
それでも機械は人間の利便性という観点から淘汰される種も存在する。
これらは生まれた土台が自然(地球)の手によるものであるか、人間(自然の生成物)の手によるものであるかという違いだけである。
つまり感情は自発的なものであるという事については「自然環境によりプログラムされているので人間自身の意思ではない可能性」があると思う。

以上より、「感情」とはある環境化において作られたものであり、人間自身から発露したものではない。故に機械にも同様の事が言え、プログラムされた動作を「感情」と呼ぶことも可能ではないか・・・!?



以上、アレな感じの詭弁でした。

2026年6月9日火曜日

クロスカブ110電装品カスタムをしたい

 最近、ようやくクロスカブが納車されたので乗り回している。

今までは車や電車だと経費がかかるなぁと敬遠していた場所に気軽にいけることもそうだし、シフト操作が新鮮で楽しい。

早速カスタムをしてみようとUSB電源やらクランプバーなんかを購入。工具もついでに。

電源は電気系に疎いので調べながら慎重にやる予定だけど、あれこれ取り付けるのが楽しみ。

そこで気になったのが使用可能な電力容量。

電力容量なんてアーマードコアくらいでしか考えたことがないのでどの程度まで電装を接続できるんだろうとAIも活用しながら調べてみる。


クロスカブ110だと発電能力がそこまで多くない(40km/hでだいたい120~150Wくらいでアイドリング中だと40Wぐらいらしい)し、バッテリーも小型(12V・3Ahだから36W?)。

(そんな感じでバイクのバッテリースペックを見たら10HRとか載ってて、プロ野球の下位打線ならシーズン中でそれぐらいだろうと思いつつ調べると、満タンなら10時間は規定のアンペアを供給出来るという事らしい。)

ということは30Wくらいまでなら安定して使えそう。

ただ、既に設置したフォグランプ10Wとドラレコ5Wで既に半分消費していて、残り15Wをスマホ充電(15~20Wくらい?)なので夜間走行は結構カツカツなのかなと思う。走行中なら電熱手袋(20~40W)を繋いでもギリいけるくらいには電力が供給できそうではある。

結果、割と必要な装備は取り付けられそうだなと思いつつも今のバッテリー残量を表示出来るメーターとかあったらちょっと男心もくすぐりつつ安心できそうだとか、あれこれカスタムの妄想を広げているのが既に楽しい。


ちなみにドラレコステッカーの代わりにイルミナティの目のマークを貼ろうとしてたけど、特定されそうなのと本物が釣れた時に大変な事になるので一旦保留。

2026年6月8日月曜日

野生の”カワウソ”

 小学生くらいの頃の話だが、近所の池にカワウソが出るという噂が子供の間で出たことがある。

その頃はカワウソがどの程度貴重な動物か知らなかったし、そもそもカワウソがどういう形態なのかも知らない上に調べるほどでも無いなというやる気の無さだった為に「へー、そうなんだ」くらいで流していた。


ある日、釣りのために自転車でウロウロしていると、浅めの水路に茶色い毛むくじゃらの生き物が草の束を咥えて泳いでいた。

体長は少なくとも30cmはあった。その太い体で流れはほとんどない水路をスイスイと泳いでおり、見た瞬間「これが野生のカワウソか。」と思い、しばらくその様を眺めていた。



後日、何かのネット動画だったかTVだったかで「ドブネズミは都市部にもおり、体長30cm以上の個体もいる」という話をしていた。

それを聞いた時に脳裏に可能性が浮かんだ。

「あれはドブネズミだったのではないか。」

確かにあの水路はお世辞にも綺麗とは言えない。しかも池にカワウソが出ると言っているのに離れた水路に出てる時点で違うのではという考えに至り、結果としてあのときの生き物は「おそらくドブネズミ」という認識にすり替わった。



それから十年以上経過した後にyoutubeで動物の動画を見ることにハマり、犬猫からハムスター、しろくま、レッサーパンダなどを見ているうちにふと十年前のカワウソやドブネズミの話を思い出して調べてみた。

結果、出てきたのは当時見た姿とは全く違う生き物だった。

まず、カワウソは超希少種で田舎とかそんなレベルでは生息していない。しかも姿が明らかに違う。めちゃ細い。あと可愛い。泳ぎも上手い。

また、ドブネズミとネズミは全く違う形態の生きものだと思っていたが、かなり似たような姿だったのがそもそもの驚きであり、また僕が見た生き物とは程遠い姿だった。

「じゃあ、あの生き物は何なんだ・・・?」

カピバラに似ていたので「まさか」と一瞬思ったが、南米原産の生き物が片田舎に普通に野生化しているとは思えず、結局あの水路を泳いでいた生き物は何だったのかわからなかった。

ただ、そこまで深く知ろうとも思わなかったので、そのまま調べるのを止めた。端的に言えばすごいどうでも良かったのである。






それからまた数年後、「よゐこ部」という地方局の番組を見ていたところ、大阪城の外来種観察企画があり、お掘りをボートで移動しながら動物を見つけるという内容だった。


そこで出てきた動物を見て「あ」と声が出た。


ヌートリア


既に十数年も経過しているのに、あの時の記憶は鮮明だった。

毛むくじゃらで太い体、足が短い。ビーバーやカピバラみたいなデカい頭。





こいつだ!


と、数十年かけて真相が判明するという小さな奇跡が起こっていた。(でも見ていて興奮していたのは俺だけだったと思う。)

僕はカワウソ→ドブネズミ→ヌートリアという段階を経て真相に至り、結局あいつはタダの外来種だったというしょうもない結論に着地することとなった。

ただ、未だに思い出すあの(おそらく巣を作るために)葦を咥えて泳ぐ姿は可愛らしく、僕の中では外来種というクッソハンデを背負っているにもかかわらず、何となく自分の中の好感度が他の外来種動物より高い。



でも外来種だしな!駆除はされたほうがいいんだろうな!

そこに可愛いからという贔屓は無く、それはそれ、これはこれである。

2026年6月4日木曜日

バイクに期待を寄せる

 最近、急にバイクの免許を取得した。といっても小型AT限定という超マイナーランクだけど。

取るきっかけもVRCの友人がバイクで色々なところに行っているのを見て。

それまでもずっと興味はあったが「事故ったらコエー・・・」と踏ん切りがつかずにいたところ、ある日、なんでもない一人昼飲みで酔っ払ってその勢いでそのまま電車に乗って教習所に走るという知性の欠片が無い形で申し込みをしてしまった。

しかもとにかく早く乗りたいので一番カンタンで取るまでの期間が短いやつを!と小型AT限定を選ぶという知性の(ry

まあ今ではバイクの本やメンテの本、果ては電気工事士の資格本を買うという風にバイク熱が止まらない状態である。

車両は既に購入したが、カスタムを纏めて付けてもらっており、まだ手元にバイクは無い。無いのにバイク熱が発症している。逆に持ってないからか。

まあそれでも手に入れたら練習がてら近所を乗り回そうと思う。


そして、色々動画やら本やらで調べる内に普通二輪MTが強烈に惹かれるものがある。

この夏が終わって涼しくなったら取りに行こうかな。現資格があれば少し取得までの科目を短縮出来るらしいし。


ちなみに欲しい車種はハスクバーナかホンダの250cc~400cc。なるべくネイキッド。フルカウルはコケたら修理費が怖そうなので・・・。

現状は年に1~2回程度しか高速に乗らないので、250でも十分事足りそうではあるけど、もし400を手に入れたらロンツーが好きになって色々なところに出かけるようになるかもしれない。

この年になってようやくアクティブになれるのでは、という期待を込めて買うのもいいかも、とか思ってる日々。

2026年5月30日土曜日

アーティストが政治的発言で炎上する事への考察

歌手などが政治的発言をする事が世間で批判される。それは世界的な視点で見ればおかしいとあるアーティストが発言していた。


この発言についていくつか疑問点があった。


・そもそもアーティストの政治的発言は公権力に対する現状への反対意見と考えられるが、その内容は大抵具体的な改善案ではなく、ただ現状に対する批判と責任は公権力などの権力者にあるという事を言うだけである場合が多い。

それは具体的な改善案ではない時点で建設的な意見になりづらく、感情に身を任せた個人に対する建設的な議論を放棄した攻撃的なエンターテインメントに堕してしまっている可能性があるのではないか。


別に政治に対する批判をするだけであれば良い。個々人が自身の生活に基づいて改善してほしいという要望を出すのは民主主義国家において国民の権利と言える。

だが、あるアーティストが政治的発言をする時、政治を知らないファンがその内容を真っ直ぐに受け取ってしまったらどうか。

芸術は感情駆動であるケースが大半で、特に音楽は集団心理により感情を動かすという側面もある。

なので、アーティストのファンに一定の知識(実情の調査方法など)があったとしても、そのアーティストを盲信してしまっていると、ファンは実際に行われている公権力側の行いを調べずに政治家等を悪と断定してしまい、感情を元に実情と違う批判を繰り返してしまうといった場合は十分考えられる。

そもそもアーティストは政治家より政治に詳しいと考えられる根拠は薄い。

実際の政治の駆け引きからも外れているわけだが、実情も知らないのに政治批判を行うのは高度な知的活動と言えるのか。


・世界的な視点で見ればアーティストが政治的発言をするのは普通というのは、どの世界では一般的で、かつ批判されないのかが不明瞭である。

一般的であるというのは日常で冗談程度でも言われているというニュアンスもあると思うが、むしろ「炎上」するほど真に受けて対応している方が「誠実」であり正しいという視点もある。

批判は逆に考えれば注意であり、反対意見の表明である。

むしろその状況こそが「高度な社会の反応」とも言えるのではないか。

そして「世界的な視点で見れば普通である」のであれば、「その世界的な国々」の政治は真っ当であり、他国よりも正常な政治が行われているという事になる。

だが、どの国でも汚職は起こっているし、国民も不満を口にしている。

「世界的には」というユートピアを語るのは良いが、日本以外の「世界的にも標準」が正しいと言える根拠が薄いように思う。


・個々人の判断という前提で、おかしな発言をした人に対する個々人の「注意」を「炎上」と捉えてしまっていないか。(それが炎上そのものではあるが・・・)

炎上が発生するには個々の人物が発言をした人物に対して「それはおかしい」と思うことでその反論を書き、その量が多い場合にそう判断されると思われる。

その中には炎上の流れに乗っかり、単に個人的に嫌いだからと誹謗中傷を書く人はいると思うが、あるアーティストが政治的発言をした結果、アーティストのファンがその発言に乗っかって感情的に政権批判をする事も考えられる(特に音楽や文学などの感情を動かす事を商売としているものは)。

つまり、アーティスト側も批判対象に対する炎上の種を撒いているのだから、お互いに同じような行動をしているのではないか。

このお互いに行われている行為について、片方の正当性を証明する手段はあるのだろうか。


・そもそも音楽だから、文学だからと芸術的な表現に乗せれば以上のような批判が社会的に許されるという考えがおかしいのではないか。

芸術性という点を排除して考えれば、人が大勢いる街中で大声で何かに対する批判を叫ぶ人であり、それを受け取った人の評価の台に載せられるのは当然の結果である。

もし、炎上を忌避するのであれば大勢の前で政治的発言をすべきではないという当然の内容となってしまう。



以上より、有名人が政治的発言をすることの是非、という切り取り方は前提からおかしい。

正しくは「ある人が何かに対する批判を大声で言うか、小さい声で言うかの問題」である。

聞こえた人が肯定的に捉えれば同意、もしくはその人に乗っかって相手を批判するだろうし、否定的に捉えられれば発言者は反感を持たれたり、度が過ぎていると思われれば注意もしくは非難される。

それはアーティストでなくて一般人でも同じである。

何かしら発言に影響力がある人物と判断されれば一般人でも「炎上」は起こりうる。


もし、炎上という事を起こしたくないのであれば人々から「無視」されなくてはならない。

つまり、その人物は世間に対して影響を与えない人物と判断されている事になる。

でも、アーティストはそれが本望なのかと言われれば、違うのではないだろうか。




そんな感じだけど、実際のところ有名人という立場であるとなかなか難しい問題ではあるなと思う。

顔が知られると自然とそういう風になるので、それが嫌であれば自分への動線を切るしか無い。

そういうのを有名税だ、とか言うと下衆な言葉だなぁと感じてしまうけど、発言に感想を持たれてる時点でその人はある意味で社会的に恵まれているようには思う。大勢に反感を持たれているなら相手には多少なりとも届いているだろうし・・・。

自宅で簡単バイクセラピー

 最近は天候が悪くない限りはクロスカブで移動している。 自動遠心クラッチの癖がまだ掴みきれておらず、調整してなおスムーズにシフトアップ出来ない場面も多いが、軽いので楽に扱えるのが良い。 また、バイクに載っている際は思考が運転に向くため、車よりも無駄な考えが浮かばないのも凄く自分に...