2026年5月24日日曜日

星の瞬き

高校1年になり、通う学校が近くなった事で自転車での通学が可能となった。
電車とバスを使うルートもあったが、大きく迂回しなければならず2倍以上の時間を要するので馬鹿馬鹿しいと思い、迷わずママチャリを購入した。

通学の初めの頃はルートを一発で覚えられるだろうと思っていたが、意外と物覚えが悪い自分に少しがっかりした。途中が細かく入り組んだ場所に入るというのもあったが、いつの間にか見覚えのない道に出ることもあったし、1週間ほどかけてようやく問題なく行き帰り出来るようになった。

いざ自転車通学を始めてみると、なんでもない周りの風景を覚えていることに気がついた。
学校近くの赤レンガの外壁の家はガーデニングが趣味らしく、コンクリートの塀のなかには所狭しと様々なプランターが置かれている。
その中の一種が変わっただけでも、なんとなく違和感を感じて気がついたこともあった。
他にも、この家に知らない車が停まっていると新車を買ったのか、住人が変わったのか、などと思考の片隅で考えていたりもしていた。

その中でも印象に残っていたのが、かなり古いように見えるグレーの外装の軽量鉄骨のアパートの一室だった。
4部屋しかないこじんまりした佇まいのその一角に、錆びついた自転車や枯れた朝顔のプランター、原色の子供用の手押し車、スケボーの板などの雑多なモノが玄関ドアの脇にゴチャッと置かれていた。
そのどれもが使われているような形跡はなく、遠目でもホコリだらけなのがわかった。
ちょうど狭い道のカープを抜けた先の視界に入ってくることもあり、意識せずともなんとなく印象にのこっていた。
夕方の下校時間には部屋の明かりが付いていることもあり、物置になっているわけでもなく、おそらく誰かが生活している人がいるのもわかった。

しかし、いつ通ってもそこに置かれているものは変わらず、自転車すらも位置が変わらずに置かれていた。
僕はその辺りを通る時に、どんな人が住んでいるのだろうと想像を巡らせたこともあった。
あまり身なりに気を使っていない、髪の毛や髭を伸ばしきりにしてるような社会性が薄くてどこか影のある人が思い浮かんだ。

初秋を超えても暑かったはずが、10月を超えて急に風が冷たくなり手袋が必要だと思った。
衣装ケースへ無理に冬物を詰め込んであり、開けて探るだけでも億劫ではあるが、通学の都度指がかじかんでいては仕方がないので、帰ったらぼちぼちやろうと考えていた時、丁度例のアパート前に差し掛かった。

いつもと空気が明らかに違った。
そこにはパトカーが2台、ランプを点灯させたまま駐車しており、件の部屋が開いてなかに警察官が立ち入っているようだった。
平日の夕方だからだろうか、ぱっと見ただけでも見物人は少なく、1人の老人男性と2名の主婦が遠巻きに眺めては何かを話し合っている。

僕は気にはなったが、同じように野次馬になりたくないという倫理観のようなものと、そこまで興味を持つべきなのか、と自問自答をした結果、少しスピードを緩める程度で通過していた。

それから数カ月の間、部屋の前には雑多なモノが置かれ続けた。
あの瞬間を目撃しなければ、おそらくまだそこに住み続けていると思ってしまうほど、変わっていない。

ある日、夕飯時に食卓で流れていたバラエティ番組で、今見ている星は500〜600年前のもので、今でもその数が増えているという雑学が語られていた。
その時は何となくで聞き流していたが、それなら消えていく星々もあるのではないかと思った。
もし、大昔から見えている星が増え続けているなら、今頃は夜空全体が隙間無く真っ白になるくらいになってしまうのではないか。
その中には人知れず他の星々にぶつかり、崩れてしまった星もあるだろう。
そして既にそのものは無くなっているのに、星の光というその痕跡が残り続けている為にまだ気付かれずにいる。

ふと、あの部屋の住人の事を思い出した。
室内で孤独死だったのだろうか。そうだとすれば、なにがきっかけで発見されたのだろう。
あの部屋で、部屋の明かりが無くなった後も雑多なモノがある限り、そこに住む人が行き続けているような感覚は、世間から離れた場所でひっそりと瞬いている星にも思えた。

件の部屋は、秋から春まで季節が変わっても人気が無いまま、部屋の明かりが付くことはなかった。

それから、僕が3年になり春風の中を自転車で走っている時、紺色の傘が例の部屋の前に置かれているのに気がついた。
玄関ドアも、今までの赤茶色の木目ではなく、一面青くなっていた。
元の住人の影を振り切るように、痕跡を消そうとしているのが感じられた。

僕はブレザーの内ポケットからスマホを取り出して時間を確認すると、少し立ち漕ぎをして勢いをつけてカーブを抜けた。

2026年5月3日日曜日

アルバイターぽせさん

バイトを始めた。ダブルワークとして期限を決めてしばらくは続けていく感じ。

これまでの仕事の感触から、やっぱり対人メインの仕事は向かないなぁとつくづく思う。とはいえ特別な専門知識があるわけでもないので転職するにしても似たような仕事になりそうでなかなかに大変。

最近は友人に相談したり、雑貨屋古着屋を巡ったりすることも増えた。新しいソーイング作品のヒントになるようなものもあり楽しい。

あと、クラフトビールの店をいくつか見つけたので時々散歩ついでに飲んだりする。食事は最小限。

読書は哲学のハイデガー以降を読んでいる。実存主義を超克した?道筋が気になる所。

その中で人が「所有」することとは何だろうという疑問が湧いて、片っ端から本を漁っている。もしかしたら所有欲、製作欲に関するヒントが出てくるかもしれない。


2026年4月21日火曜日

相変わらずミシンと読書の日々

 タイトル通り、ミシンでパンツを裾上げしたり、パンツを作ろうと生地を切ったりしている。

飽きたら哲学の本を読んで、あれこれ考えて、古着屋とか古本屋、雑貨屋に行って癒されてくるという休暇。

パンツはディッキーズ874をサンプリングして生成りのヘリンボーン生地で作成中。意外とパーツの組み合わせが多いというか慣れていないせいで少しずつしか進んでいないけど、やってる間は集中出来るのでなかなか楽しい。

いつか穿いて外を出歩いてみたいところ。

あと、生地を買いに行く際に西日暮里の繊維街に行ったらほとんど女性だったけど、若い人もちらほら。パンクなカッコとかゴスなカッコした若い人も見かけた。

ファッション界隈だとここが一番熱いのかもしれない。


哲学は今一度哲学史を学びつつ昨今の流れを知る。実存主義が再評価され、新実存主義としてマルクス・ガブリエル辺りが先導して広めているらしい。

ウィトゲンシュタイン、デリダとかレヴィナスあたりを読んでたけど、一旦カントを経由すべきか・・・。哲学書は一度読んでも理解出来ないから何度も読んで都度調べながらだから倍かかるんだよな。まあ、それが楽しいけど。

なにより現在の社会の流れが何となく理解できるような気になるところが面白い。


また、もう一つのテーマとして「所有」とは何かを考えている。

物を手に入れたら所有か。モノをケアしたら所有か。もしくは所有にも段階があるのではないか。

所有によりモノに対する意識がかわると思うので、ちょっと気になるジャンル。

2026年4月13日月曜日

ミシンでトートバッグをサンプリング

いずれ服を作れるようになりたいと思いつつ、相変わらず服をお直ししたり、小物を作っていた。
まだまだミシンに慣れていないけど、せっかくだし何かオリジナルで作ってみたくてアイデアを考えていたところ、バレンシアガが以前IKEAのショッピングバッグをレザーで作っていたのを思い出し、自分は帆布で作ってみることにした。

元ネタのおかげでそこまできっちり作らなくても良いし、大容量のトートは持っていないので実用的でもあるだろうというのもあり、早速手元にあったIKEAトートから寸法をメモ。
本来なら型紙を作る方がいいとは思うけど、練習だし大雑把でいいかと気楽にやることにした。
ちなみにバレンシアガは一番大きいサイズの形をサンプリングしてたけど僕には幅が大きすぎるので、ワンサイズ小さいやつに。


完成品(左)と元ネタのIKEAショッピングバッグ(右)

大体2日くらいかけて完成。
改めて比べてみると、帆布にしただけでも意外といい雰囲気になり、またガサガサしないので使いやすさが上がった。
丸めると500mlペットボトルくらいになるので、一応持ち歩けるサイズ感。

ハンドル付けも雑な感じを再現

縫い合わせはだいぶ大雑把な感じ

ハンドルの付け根は一応トリプルステッチにした。
また、ロックミシンは無いのでジグザグ縫いで縁を加工した。
すぐにはほつれない・・・と思う。
青くする染料も買っておいたけど、使いやすさを優先してひとまずこのまま。

ミシンをやってる間は結構集中出来るし、服をケアするのも自分の持ち物になってる気がして気分が良い。
今後も思いついたら何か作ってみようかな。

2026年4月7日火曜日

ソーイングを趣味で始めた

裁縫ミシンをつい最近始めた。
以前から簡単なボタン付けとか穴塞ぎはしていたが、服の構造とかを知るためと没頭できる趣味を探していたところにミシンで服作りの動画が流れてきて、グッときてしまった。
極めつけは十分な機能のミシンが新古品として30%くらいオフで売られていて、そのまま購入して今に至る。

早速仕事用のパンツを2本丈詰めしたり、無駄にタオルを縫ったりしていたところ、
動画で「ミシンもいいけどまずは手縫いを学ぶと良いよ」的な話が出てきた。

手元にある手縫いの入門書からキャラメルボーチなるものを見つけたので早速作る。

                                        ↑本にあった完成例

確かに包まれたキャラメルみたいな面白い形。

早速、端切れ生地を買ってきて切り出す。
いきなり上下幅の長さを間違えるも、何とか素材が切り出せた。
生地を折ったり縫ったりジッパーをつけたりでなんだかんだ5~6時間かかった。
そして完成したのがこちら。





あれ、なんか痩せた?

キャラメルというか、丸鶏みたいな形状になった。
選んだ生地が薄手すぎたらしく、すごいフレキシブルに形が変わるへにゃっとした仕上がりになったようだった。
縫い目もだいぶ荒く、隠れてる部分は特に雑な仕上がり。
とはいえ、完成させたのはだいぶ達成感があり、今は裁縫小物入れとして活用している。

終わった後に服の動画やインスタを見てると、「どういう風に縫われてるんだろう」と浮かぶようになった。関連した趣味を持つと、その間の世界が広がるなぁと実感する。
次は何を縫おうか考えているけど、好きな軍モノの生地を使った小物を作ってみたい。
いずれは服が縫えるようになればより楽しさが増えそう。

2026年4月2日木曜日

ビンテージの自分の中の意義

未だにレアなビンテージだからとか珍しいからで服を買う事に抵抗がある。
着続ける前提で買うから別にリセールの事は考えたくないし、そのものが好みのど真ん中だったり、自分の生活リズムに合うかというとなかなこ微妙な事が多い。
あくまで服は着るものにしたいという考えがあるので、コレクションしたいという感覚にならない。

先日、某ショップでバブアーのレアモデルが売っていて、ものとしてはカッコいいんだけど多機能すぎて色々使わなそうなディテールもあり、迷った結果、買わずに出た。

帰りにレアでお買い得価格なものは買うべきだったかと考え込んでしまった。
バブアーの歴史を手元に置いておきたい人にとっては欲しくなるだろうし、まだの人には沼の入り口になるのかも。

毎回、レアで一応着れるサイズだと迷うから服に対する軸が出来てないんだなと反省しきり。

ファッションインフルエンサーの炎上ってつまるところ・・・

 

某有名ファッションインフルエンサーさん達が叩かれてるのと、100ワニ炎上には共通点があるんじゃないかと思う。

◆インフルエンサー:初めは初心者向けに既存の安価なファッションアイテムコーデを定義。後半で文脈を変えて自身のファッションブランド優位な理論へ変更誘導する形と捉えかねない発信となる。そこで今までの講座も何も自身のファッションブランド販売の為のツールであったと認識されて批判が増える。

◆100ワニ:コメディから始めたが徐々にヒューマン・ドラマに物語りが変わり、感動の最後と共に関連グッズ等が発表されて、これまでの作品の意味が多数の読者認識上で販促漫画に変質してしまった。






◆健康食品のCM:長年農家をやっているYさん、平凡だが奥さんと何とかやってこれた最中、突然仕事中に倒れる。病院のICUで一命を取り留めるも、健康不安は続く・・・そんな時にこの青汁!


横に寝っ転がってせんべいかじってたのに話の急展開で思わず座り直して注視した結果がこれだよ!

星の瞬き

高校1年になり、通う学校が近くなった事で自転車での通学が可能となった。 電車とバスを使うルートもあったが、大きく迂回しなければならず2倍以上の時間を要するので馬鹿馬鹿しいと思い、迷わずママチャリを購入した。 通学の初めの頃はルートを一発で覚えられるだろうと思っていたが、意外と物覚...